Japanese Film Festival in シンガポール 報告

【2008年09月28日 】

シンガポール-日本映画祭報告(松岡奈緒美)

『背骨のパトス』と『花の鼓』を上映していただけるという事で、 行って来ましたシンガポール!

今回はシンガポール日本国大使館、国際交流基金、シンガポール映画協会、 ナショナル・アーツ・カウンシル、シンガポール日本人会の5団体が主催で、 シンガポールの人に日本の映画を紹介する映画祭だという。
同祭の今年のテーマは「女優」。
日本女性たちが社会面、文化面で担うさまざまな役割を紹介した作品が中心となる。
(現地記事より引用)

8/22-31までの10日間で28本の映画を上映。
前半6日間は、『山椒大夫』(溝口健二監督)・『風の中の雌鶏』(小津安二郎監督)をはじめ、 成瀬巳喜男監督の『放浪記』・『浮雲』、女優であり監督の田中絹代特集、 『めぐみー引き裂かれた家族の30年』、緒方明・塩田明彦監督作品等の名作品が上映された。
そして後半4日間は、いわゆる<JAPAN NEW WAVE>の上映へと続く。
私はこの枠で招待上映され、他にも河瀬直美監督(『殯の森』『沙羅双樹』etc)と 松江哲明監督(『カレーライスの女たち』『2002年の夏休み』)が共にシンガポールに招待された。
他、『さくらん』(蜷川実花監督)『砂の影』(甲斐田祐輔監督)等の作品が上映。

さてぇ。(笑)
子供達を旦那に預け、鍋いっぱいのカレーを作って、 飛行機で6時間、一路シンガポールへ。
空港には映画祭スタッフのGavin(ギャビン)とChung Meng(チュンミー)が迎えに来てくれました。
ギャビンは、7月の『背骨のパトス』公開の際、たまたま恋人のクリスと日本に観光旅行に来ていて会ってたこともあり、気が遠くなるほど広いチャンギ空港に 一人で降り立った私にとってはやっと見つけた旧友のようで、「ひさしぶりー」という感蝕。

「日本には『ギャバン』というヒーローがいてね…」と拙い英語で伝え、 ただ『ギャビン』の名前が『ギャバン』に似ているからという理由だけで 『ギャバン〜さらば涙〜♪ ギャバン〜よろしく勇気』などと機嫌よく歌って笑わせながら、 車で走る事15分。
シンガポールの中心都市 通称「CITY」へ到着。
飛行場から15分でCITYって、近すぎないか??と聞くと、 「シンガポールはせまいからね」という答え。
私はこの旅で、この言葉を何度も聞くことになるのです。

夕方に着き、上映は翌日。
「夕御飯までフリーだから、ゆっくり部屋でくつろいでたら迎えにくるよ」と言われ、 「いやいや、せっかくだから街を散歩するよ」と、荷物を部屋に放り入れて一人、街へ。

シンガポールは、中国系・マレー系・アラブ系・インド系など人種も多様で、 宗教も仏教・キリスト教・イスラム教・ヒンズー教と様々。
同じ道路沿いに 寺院と教会とモスクが並んで立っていて、 異種共存が成功した受け皿の大きい都市という感じ。
そのなんというか、同時に色んな祭りが行われている感じが気持ち良かったです。
どの道もトイレもキレイで、土地が持つ特有の臭いが、良くも悪くも少ない気がしました。

普段、海外に行くと「自分が日本人である」という事をしみじみ感じるものですが、 シンガポールは「今日からでも住めるな」という雰囲気。
人も、優しく。御飯も美味しい。
リトル・インディアで会った服屋のインド人のオジサンと話した時、 「映画監督さんなんだ、きっと君の作品を観にいくよ!!」と豪語している様子も、 商売上手で調子ばかり良い大阪のおっちゃんに見えて面白かった。

夕食前に上映会場をみる事に。
会場は、シンガポール国立博物館のギャラリーシアター。
博物館前の庭では、『Under the Banyan Tree Open Air Cinema』という名の 野外上映(大きな木の下でやるの!)が行われていた。

『グーニーズ』や『チャーリーとチョコレート工場』等のハリウッド映画が無料で観られる。
しかも、プロジェクターじゃなくてちゃんと映写機があってフィルムで。
わぁ〜これは楽しいだろうな♪

映画祭のスタッフ達と顔合わせがてら夕食をとる事に。
先に来星(シンガポールに来ること)松江哲明監督と合流。 実は初対面でした。

色んな場所で何度も同じ映画祭で上映しているのですが、 私が撮影中だったり、私が妊婦だったり、私が子供産んだばっかりだったり(笑)…と、 会える機会がなかったのです。
思っていてより、ずっと背が高い人でした。
そして、作品から滲み出ている通りとてもキュートな人でしたよ。
夕食のカニをそれはそれは美味しそうに食べていたのが印象的でした。
御飯を、美味しそうに食べるのは、とっても素敵なことです。

夕食を終え、シンガポールの女性ドキュメンタリー作家 タン・ピンピンさんとあう事に。
彼女は政治的なドキュメンタリーを撮っている方なのですが、 すごくちゃんと目を見て話すピンピンはとても活力的で、 あー、なんかいいなあ、元気で。元気はいいなーと思わされました。

色んな人と出会えるようコーディネートしてくれたギャビンに感謝。
帰りは23時を回っていたので、 「ギャビン家は遠いの?電車は遅くまであるの?」と聞くと、 「遠いよ、空港の近く」とギャビン。
空港なら、15分…それが遠いのか?と思う私に気付いたのか、 彼は言う。
「シンガポールはせまいからね」

こうして、一日目が終了。
何年ぶりかで、一人の夜を迎えました。
わーい! 爆眠。

〇 〇 〇

朝はアラブストリートを散歩。
11時から『砂の影』を観た後、昼食。
数人でシンガポールと日本の感じ方の違いについて談議してから 上映がある19時まではフリーに。
通訳のスタッフが上映会場に戻る用事があったので、 「ぶらぶらチャイナタウンを散歩するよ、一人でも大丈夫」と言うと、 ギャビンが、「ボクが一緒に回るよ」と。

そして、ほとんど英語が話せない私と、 ほとんど日本語が話せないギャビンが、 4時間 2人で散歩する事になった。

片言の英語で話しながらチャイナタウンへ。
シンガポールはとても御飯が美味しいので、 「野菜もキレイで美味しいね」と言うと、 「全部輸入なんだよ」とギャビン。
「シンガポールでは作ってないの?」と聞くと 「ガーデンはあるけど、野菜は作ってないんだ、シンガポールはせまいから」と。

突然、散歩していた時に気付いた事を思い出した。
シンガポールの町には、あんまり子供が居ない。
「子供の姿、あんまり見ないね。皆、何してるんだろう」 「家でパソコンしてる。それはとても寂しいことだとボクは思う」 シンガポールの少子化は、日本よりも深刻だと言う。
少子化、田畑がない、そして、臭いが少ない。
もしかしたら、多民族多宗教で成功したIT都市国家シンガポールは、 その繁栄の裏に大きな代償を払ったのかもしれない。
土のない所に、命が宿るのは難しいんだ。
だけど、ここには人が生きている。一生懸命に。
私はこの時、「背骨のパトス」をこの国で上映することの必然性を確信し、 思わず天を仰いだ。

ギャビンとの散歩はとても楽しかった。
英語が分からない事で困ったのは 名詞が分からない事だ。
「紅頭巾」を私に説明しようとして、彼はとても苦労していました。v 例えば「海」を説明しようと思って、言葉で細分化した所で、 海を伝えることは出来ない。
カエルを知りたくて解剖したところで、肝心の命はなくなるのと同じだ。
そういう意味で、「名前」というのは大事なんだなと改めて思った。
英語の勉強もしないとね・・・
頭も体を使い疲れて、ジュースを飲もうと商店街に入ると 突然スコールのような 雨が降った。
20分ほど黙って雨を見ていると、 なんだか今まで頑張って話そうとしていた事が可笑しくなってきた。
「ボクの事務所が近いから、傘を取りに行こう、走れる?」とギャビン。
「もちろん。私、陸上部だったんだよ」と笑って、雨の中を走った。

そこで不思議な事が起こった。
若手のシンガポール監督の作品をCDーRにコピーするのを待つ間、 私はなぜか、映画を作るという事の自分にとっての真意を彼に伝えようと思った。

そこで わたしは 拙すぎる英語で、やみくもに話した。
ギャビンはそれをただじっと見ていた。
多分、言葉としてはほとんど分からなかったと思う。
私が話し終わると、次はギャビンが熱く話し始めた。
私も、彼の言う言葉は、ほとんど分からなかった。
だけど。
理解しあえたのが本当によく分かった。
ギャビンは満面の笑みを浮かべ、固く握手した。
私も多分、同じ顔で笑っていたのだろう。
思いが、言葉を越えるとはこういう事なのだ。
ほんとうに嬉しかった。

上映は、『垂乳女』(河瀬直美監督)・『花の鼓』『背骨のパトス』の順で上映されました。
日本と一番反応が違ったのは、 出産シーンのサクの涙に、観客が大爆笑した事です。
一緒にみていた私も何だかつられて笑ってしまい、 とても和やかな雰囲気の中 上映が終わりました。
映画は同じものでも、観る場所や自分の心の在りようで、 こんなにも変化するものだと あらためて思えて良い体験になりました。
特に『背骨のパトス』は、方々で言われているように、やはり 「鏡のような作品」なのかもしれません。
観た人が、その時の自分を状態を克明に映画から受けとる、 つまり 鏡に自分を映し出すようなものだと。
だから、皆、ひとりひとりこんなにも違う感想を持つのかもしれませんね。
嬉しいことです。

上映後のセッションは、シンガポールの女医・アン医師と、映画祭司会者、 通訳のPauline Ong(ポウリーン)の4人で 基本的に観客からの質問形式で行われました。
映像技術から、子育て、そして人生観や、魂の在り方、ドラえもんの話まで多岐にわたり、 飛行場に向かわなければいけないギリギリの時間までたっぷり1時間、 絶え間なく質問が続きました。
通訳のポウリーンの通訳がとても上手かったのでしょう。
さほどオチのない私の話が、通訳されると次々と爆笑に変わりました。

幸せで、豊かで、あたたかい時間でした。
それは、きっとシンガポールの本当の姿なんだと思いました。

空港に向かう途中、一本の電話が。
私と入れ違いで来星した河瀬直美監督からでした。
入れ違いになったら会えないから…と、私のフライト時間まで話そうと わざわざ空港で待ってくれていると言うのです。

「スケジュール無理に空けて、徹夜で話明かそうと思ってわざわざ来たのにぃ〜」と 嬉しい愚痴をこぼしてくれる直美さん。
彼女は昔から変わらず、こういう所がとても可愛らしくて、皆そばに居たくなるんだろうな。
先に帰ってごめんな、直美さん。
またゆっくり、ウチに遊びに来て下さいね。

それでは、長々とお付き合いありがとうございました。
私にとって、映画にとって、良い体験をさせてくださってありがとう。
これからも『背骨のパトス』を宜しくお願いします。

最後に、Wなおみでさようなら。

(松岡奈緒美)9.28.2008

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