【2008年03月02日
】
2月16日(土)“監督”“緊縛”トーク
19:30から行われた今回のトーク。本日は“監督““緊縛師”としてお話していただきました。
ご自身が映画を撮るに至るまでの経緯や、緊縛との出会いなどなど。
とは言うものの、ご自身のことを語って頂くはずが、話は幾度も日本映画史の話へと…。
それは明日のトークの話題においておくとして、怖そうな外見からは想像もできないような
アットホームなトークイベントとなりました。
2月17日(日)“工藤栄一”トーク
本日のトークは映画監督“工藤栄一”について。監督とは別のもうひとつの顔。B級映画の批評家、
丹波哲郎、工藤栄一のインタビュー本の著者としても有名なダーティ工藤監督。
今回は同時上映中であった“工藤栄一監督特集”にあわせて、貴重なエピソードなどを交えつつ、
工藤栄一作品を年代ごとに考察するという興味深いトークとなりました。
そして、最後には昨日のトークで予定していた緊縛ショウを急遽行うことになり、なぜか、私が
縛られることになってしまいました…。丁寧に説明しながら、あれよあれよというまに完成。
なんだかよくわからない終わり方で、無事終了しました。
こんな感じです(↓)。いかがでしょうか?
工藤公一。北海道倶知安町生まれ。少年時代、その頃では珍しかったテレビが家庭にあり、大量の映像に触れる。力道山時代の日本プロレス・大瀬康一主演の「月光仮面」「隠密剣士」、松山容子主演の「琴姫七変化」などが当時のお気に入りだった。映画の最初の記憶は幼稚園の頃に観た藪下泰司監督の『こねこのらくがき』(57.短篇)。
19歳で上京、文芸座・並木座・大塚名画座・フィルムセンターなどで邦画・洋画問わず新旧の映画を浴びるように観まくる。
20代後半、“シネマトグラフ"という同人誌の創刊にかかわり、映画評論家としてキネマ旬報・ぴあなど様々な媒体に寄稿する。この頃からダーティ工藤と名乗るようになる。'02年には故工藤栄一監督の聞き書きをまとめた「光と影 映画監督工藤栄一」をワイズ出版より上梓。'04年には俳優丹波哲郎氏の膨大な聞き書きを6年かけてまとめた「大俳優 丹波哲郎」を上梓する。
映画は'77年、仲間と作った8ミリ映画『マッド・ハンター 恐怖の追撃』を初監督。
長いブランクの後、'99年、自伝的カルトムービー『縄文式』をBOX東中野にてレイトショー公開、同年シネ・ヌーヴォ梅田にて公開。'00年、シニカルな連続殺人もの『殺人無頼帖』をアップリンクファクトリーにて限定公開。
'01年には『縄文式』の続編『縄文式2』を中野武蔵野館にてレイトショー公開。'06年『ふたつの女』、『東陽片岡のあま〜い生活』がポレポレ東中野にてレイトショー公開。大阪では第七芸術劇場にてレイトショー公開。
2007年、新作映画『東陽片岡のルサンチマン』を完成。